人間がいつ穀粒を粉にし、穀物からパンを作るようになったのか、正確なところはおそらく永遠にわからないだろう。
穀粒をそのまま食べることと、穀粒を箕であおってから砕いたりすりつぶしたりし、ふるいにかけて粉にし、それを捏ねて役までには、いくつかの段階が存在する。考古学者たちは世界各地で炒られた穀粒を発見している。そのことから人間が食べた穀物の最初の形は「ポップコーン」ではなかったかと考えられている。穀粒の堅い外皮を取り除くため、炉で炒ったのである。穀粒ははじけ、ぐっと噛みやすくなった。生の穀粒の苦味も同じ作業で除かれた。また炒ることによって、はじけない穀粒の外皮も簡単にはがれ、より楽にすりつぶせるようになる。同じようなやり方をしている例が、インド、アメリカ、スコットランド、中東に存在する。中東ではまだ青い麦粒シャウィが、祭りや憩いの場で、アメリカのポップコーンのように炒って食べられている。
人間はやがて、そうして炒った穀粒をすりつぶし、できた粉に水を混ぜて粥にすることを思いついた。液状の飲める粥もあれば、ペースト状の食べられる粥もあり、つぎに、ペースト状の粥を使って発酵していないガレット(平焼き)、そして最後に発酵したパンが作られた。熱いプレートの上で焼かれる粥は、まさにクレープやガレットの生地となった。
穀物を最初に発酵させてたものはパンでもビールでもなく、粥であった。それはオートミールとも呼ばれ、それほど多くの原料も、炉も、大きな桶も必要としなかった。焼く前に、この粥を室温で放置しておけば、自然に発酵する。肥沃な三日月地帯や中央アジア諸国のような暑い国であれば、それだけ早く発酵することになる。
「発酵食の歴史」2019 マリー=クレール・フレデリック P178より


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