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世界最古のパンとその後(part1)

一般に広まっている考えでは、発酵パンを発明したのは古代エジプト人ということになっている。それは偶然の出来事で、置き忘れたガレットの生地が発酵したというものだ。エジプトで見つかった製パン所の遺構とパンの遺物から、彼らがパンづくりと菓子づくりの技術をきわめ、何十種類ものパンをつくっていたことが明らかになっている。卵や油脂を加え、ナツメヤシの実などの果実の詰め物をしたパンであり、カイロ博物館でそれを見ることができる。それらのパンは、いまでも現地の村で行われているように、天然酵母(残った生地を発酵させて種にする方法)で発酵させたと思われる。新しい生地の種にするため、生地をこねた容器に水を注いで生地の残りをはがし、粉を少々加え、次にパンを焼くまで常温でねかせておく。

培養酵母を添加する方法は少なくとも前1500年にさかのぼる。ビールをつくるとき、パン職人がその酵母を採取したと思われる。パンとビールは同じ場所でつくられることが多かったからである。使われた粉のせいで、古代エジプトのパンはヨーロッパのパンのようにふくらまなかった。エンマー小麦と大麦はグルテンが少なく、多くの場合、固くしまったパンができる。

実のところ、ふくらんだパンのこれまでに知られる最古の考古学的痕跡はヨーロッパで見つかっており、発酵パンは前5000年紀にヨーロッパに出現したと考えられている。金石併用期(前5000〜3000年紀)にバルカンからウクライナまで、農業が大いに発展した。ルーマニアで発見された当時の住居から、改良が施された粉挽き車、丸天井型の窯、大きな穀物貯蔵庫が見つかっている。貯蔵庫は最高二トンまでの穀物を、種類や大きさで分け、サイロに保管できた。生地のなかの穀粒が判別できるキビの丸パンも出土したが、それはガレットとパンの中間のようなパンだった。同じ丸パンでも粘土の型で成形されたものは、儀式に使われたに違いない。同じルーマニアのステダヴァ・チェレイの墳丘からは、前3000年紀の炭化したパンの残骸が発見されたが、それは厚いガレットの形をしていた。パンの身の中には大麦と亜麻の種子が混じっているのが、はっきり見てとれた。細かい空洞ができているので、発酵パンであるのは明らかである。

「発酵食の歴史」2019 マリー=クレール・フレデリック P185より

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